舞台芸術のアーカイブにAI活用を!3者共同プロジェクトで実現した技術と広がる可能性

AI技術の活用で、膨大な舞台芸術情報の検索性を高めるとともに、アーカイブの効率化をはかる舞台芸術データサービス検索UX向上プロジェクトは、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(通称「演博」=エンパク)と一般社団法人EPAD(*)、そしてベクターデザインの3者による共同プロジェクト。およそ1年に及ぶ開発を経て、運用がはじまろうとしています。

文化芸術分野でのAI活用という、やや意外な試みはなぜスタートし、どのようなプロセスで実装されたのでしょう? 座談会を開催し、それぞれの視点から伺いました。

*EPADは、舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業(Eternal Performing Arts Archives and Digital Theatre)の略称で、文化庁や広く舞台芸術界と連携して進められている。収集した舞台公演映像のデータは、美術品やワインなどの保管事業を担う、寺田倉庫株式会社のオンラインストレージに保持されている。

出席メンバー

一般社団法人EPAD
・緒方靖弘(理事)
・三坂恵美(事務局)
早稲田大学演劇博物館
・和田修(副館長)
・武野恵利(事務局)
株式会社ベクターデザイン
・梅澤幻(代表取締役)
・松原孝司(取締役)

ちらしも映像も、読み取りが難しい!

緒方(EPAD)
わたしが所属する寺田倉庫のアーカイブ事業グループでは、とても多くの舞台映像データをお預かりしていて、現在、24時間放送し続けても41年くらいかかるほどの量になっています。まさにパンクしそうな状態ですね。それらのデータの検索性を高めるために、メタ情報(日付、演者、会場などの情報)を抽出しようというとき、現代においてAIを活用しない手はないだろうと。そこでエンパクさんの取り組みに乗らせていただいたかたちです。

武野(エンパク)
わたしたちは、収蔵した動画を管理システムに入れた後、「JDTA(Japan Digital Theatre Archives、日本の舞台公演映像の情報検索サイト)」でも見られるようにしようと、ベクターさんのご協力を得てこの事業を進めてきました。JDTAに登録するには資料のメタ情報を付与する作業が必要ですが、演劇情報はパンフレットやちらし、チケットなどの資料が中心で、かなりの量になっていました。そこで和田先生がベクターの梅澤さんにご相談くださり、それらをOCR(光学文字認識)技術などで読み込み、AIの力で効率的にメタ情報化できないかと。それがファーストステップで、EPADさんにも参画いただき3者の取り組みになった次第です。

梅澤(ベクターデザイン 以下VDI)
EPADさんは動画、エンパクさんは紙資料のメタデータ生成を考えておられました。先に課題をいただけたので、わたしたちは導入できる技術をご提案し、ディスカッションしながらシナリオ作成してプロトタイプをつくり、フィードバックを受けながらブラッシュアップしていくということを、この1年間続けてきました。隔週くらいでミーティングを重ねて開発におつきあいいただくという、かなり胆力のいる工程だったと思います。

武野(エンパク)
そうですね。以前は国会図書館のオープンソースを用いてOCRで読み取ったりもしたのですが、あまり出来がいいとは言えず……。演劇のちらしは背景に装飾的な文字が入っていたりと、読み取りが難しいのです。今回は3者間でキャッチボールと検討を重ねて、ここまで高精度なものができました。

三坂(EPAD)
EPADでは劇団やスタッフ、出演者の情報などをマスターで管理しているので、読み取った情報をPADS-Xに取り込む際には、そのマスターから拾ってきてほしいとお願いしました。結果、実現できてとても助かりました。AIの活用でデータ抽出の時間短縮になることはもちろんですが、もうひとつ、データ抽出が属人的になるとクオリティにばらつきが出る可能性があるのを、AIならある程度標準化できるのではという期待もありました。演劇の動画でも、BGMが流れていたり舞台が暗かったりと、データの読み取りが難しい部分がありますが、ベクターさんからのいろいろな提案でクリアしていきました。

梅澤(VDI)
1社ではなく複数社のAI技術を組み合わせて有効性を探りました。1年前にそういうことを考えていたひとはほとんどいなかったと思いますが、エンパクさん、EPADさんに効果測定にご協力いただき、スキャンはこのAI、文字の処理はこのAIといった、最適な組み合わせをつくることができたのです。

AIに作品を学習させない

武野(エンパク)
それはとくにありませんでした。とにかく紙資料が多く、ひとの手では日に10件もデータ化できず、業務負荷を軽減するのが課題でした。完璧でなくともベースができれば、あとは修正できるので、このシステムは非常に助かると考えています。

三坂(EPAD)
わたしたちもAIへの拒否感はあまりなかったのですが、「作品を学習させない」という部分は絶対に守ってほしいと最初にお話しました。一方で、学習させないがゆえに演劇特有の動画の特性を教えられない難点もあり、そこはベクターさんが苦労されたところではないかと。

松原(VDI)
このシステムは、演劇の良し悪しを判定するものではなく、ちらしや動画の情報を機械的に引っ張ってくるだけなので、抵抗感なく受け入れていただけたのかもしれません。AIが新しい演劇を生成したり、「この作品はこういうコンセプトだ」などと言いはじめると問題が出てくると思いますが、PADS-Xはあくまで支援ツールに留めています。「学習させない」という点では、基本的に無料のAIを使うと、裏側でしれっと学習されるので、有料のものを使うのは前提ですね。

今回は、広く一般ユーザーに開くものではなく、内部業務で使うツールであることも、やりやすさだったかと思います。それはセキュリティというよりはパフォーマンスの点ですが、巨大なデータセンターをつくり1,000人同時に使うことを想定せずに済んだ、ということです。

スモールステップの安心感

松原(VDI)
そうですね。最初にガチッと仕様を決めて一定期間でつくり切る「ウォーターフォール」という開発手法もありますが、ウォーターフォール開発では、開発するシステムの仕様が明確でない場合は、途中で費用が追加になる・期間が延びるといった調整が入りがちです。今回はわたしたちの側でも試行錯誤が必要で、「これが100点のもので、こういうふうにつくれます」と言い切れない部分も正直ありました。ですので、ゴールは想定しつつもテストをくり返し調整していく「アジャイル」という開発手法が合うと考えたのです。みなさんにご協力いただき、一緒に開発を進める体制がとれたのはよかったですね。

三坂(EPAD)
今回のように大きい方向性を探るプロジェクトには、とくにそのやり方が向いていると思います。定期的なミーティングでのフィードバックは、細かい方向転換がしやすく、安心感とともに進められました。

武野(エンパク)
わたしたちもそうですね。テスト結果をやりとりして少しずつ変わっていく工程が、今回のプロジェクトには合っていたと思います。

松原(VDI)
納期と予算は基本的に固定だという認識はもっていました。「スコープ(作業範囲・領域)」といいますが、どんな機能まで盛り込めるか、どれがマストかと擦り合わせながら進めていきました。

武野(エンパク)
定例ミーティングの際、ベクターさんがかならずスケジュールを出し、「いまここです」と示してくださったので、長い期間ながら、次にクリアするのは何か、そろそろ実装だ、といったことが見えていたのも安心感につながりました。

三坂(EPAD)
ベクターさんからわりと早い段階で、「AIを活用したシステムの構築は、7割までできても8〜9割にしていくところからが長いです」とお聞きしたので、つまり細かい確認に時間をかけていいんだなと思え、ああしたい・こうしたいが言いやすかったです。

使いながらチューニングを

三坂(EPAD)
精度を上げるには、AI自体の進化を待たなければいけない印象がありますね。

武野(エンパク)
AIがときどきもっともらしい嘘をつくことがあるので、そこに騙されないよう気をつけねばと思っています。

松原(VDI)
日進月歩するAIへの対応は必要だと思いますが、それを見越した設計にはなっています。動画については、文字起こしの性能限界のようなものがどうしてもあり、チューニングは課題です。OCRについては、プロンプト(指示)を調整することで、より精度が上がる可能性はあります。エンパクさんがおっしゃったAIの嘘、いわゆる「ハルシネーション」についてもプロンプトでの抑制は考えられるのですが、ゼロにはならないため、どこまで改善できるか。最後にひとの目でチェックする作業は、やはり必要かもしれません。

三坂(EPAD)
短縮した時間でほかに何かできるというよりは、「短縮したからどんどん整理できる」という感覚です。

武野(エンパク)
100年かかるものが50年になったような感覚でしょうか。和田先生、いかがですか?

和田(エンパク)
わたしは実務に携わっているわけではないので、あまりいろいろなことは言えませんが、実際にどれだけ業務の効率化が図れるかは、はじめてみなければわからないと思っています。まずはAIが人間の5倍くらいのスピードで作業してくれそうな状況になり、氷山の一角が少し早く片付いていく……といったところでしょうか。

人間のクリエイションの価値を継承するために

緒方(EPAD)
デジタルアーカイブにおけるメタデータの充実は、作品との出会いにもっとも資するものです。本当は人手をかけてもやらなければいけないところを、AIの力を借りて行うということは、とくにMLAといわれる美術館・博物館(Museum)図書館、(Library)、文書館(Archives)は、今後避けて通れないでしょう。今回は非常に汎用性の高いもののスタートラインに携われていると感じます。MLAのみならず、多くのコンテンツをおもちのみなさまに知っていただきたいですね。

和田(エンパク)
アーカイブはすべての基礎ではありますので、いずれは研究にも役立つかもしれません。どういう改善ができるか、今年1年かけてやっていきたいと思っています。

緒方(EPAD)
クリエイションにAIを使うと、いろいろなハレーションが起きますが、検索を有意義にする目的では、上手につきあうべきだと思います。今後AI由来の作品が増えていくなか、人間がゼロからつくりあげたものがますます重要になるでしょう。そのとき、ヒューマンオンリーでつくられたものがしっかり検索できる世界がないと、その価値を継承できません。多くの作品がデジタルアーカイブされ、今後も生み出されていくなかから探し出せる状態を維持していく。それは文化芸術をクリエイトしてきた人間の営みをつなげていくことです。検索性の高さは、大袈裟ではなく後世につながっていくキーポイントです。

梅澤(VDI)
弊社にとって、このプロジェクトでAI開発のテンプレートを構築できたのはとても有り難いことでした。ヒアリングから運用まで、お客さまとディスカッションを重ねながらAI技術を実装していくという、伴走型のプロセスをフォーマット化することができたのです。実際にこのフレームワークを使い、団体や企業向けのAI開発に着手できつつあります。実績ベース、経験ベースでアドバイスできるので、お客さまも安心して開発を進められます。あとは先ほど出た課題、ハルシネーションなども含めた「7割の完成度」をどう越えていくかに取り組みつつ、ほかにもデータに埋もれていそうな団体さんに広げていけたらと考えています。

取材・文/HATO文化編集部